緑って何だろう ~緑と生きる人間に聞く~

今回は、緑地計画学、造園学を専門にする農学博士で、緑の環境保全機能の分析や都市の緑地計画策定に
携わる村上暁信准教授に、ヒートアイランド現象とその解決策としての緑の可能性について伺いました。

技術で環境を変える時代から、環境に合わせて生活を変える時代へ

~筑波大学大学院 システム情報工学研究科 村上暁信氏~
ヒートアイランドの原因は人工排熱と土地被覆の人工化
事務局:
大都市で問題となっているヒートアイランド現象と、緑との関係について教えてください。
村上:
ヒートアイランドとは、郊外に比べて都市中心部の気温が高くなるという現象です。その要因は2つあります。ひとつはエアコンの室外機から出る熱風などの人工排熱。この排熱によって都市の気温が暖められます。もうひとつは土地被覆の人工化といって、地表面がアスファルトやコンクリートに覆われることです。これらの被覆面では、表面の温度が気温より高くなります。特にアスファルトは、夏の日中、表面温度が60~70度まで上がるので、空気が暖められ、結果としてヒートアイランド現象を引き起こします。
緑に関していうと、樹木の表面温度は蒸発散作用で気温と同じ位に抑えられます。そのため緑が多ければ多いほどヒートアイランドを起こさない、とりあえず緑で都市を覆っていこうというのが一般的な方向性です。ただ、同じ緑化でも、それが樹木か、草地かによってヒートアイランドを緩和する機能は大きく違ってきます。緑のヒートアイランド緩和効果は、それぞれの緑の表面温度が、気温よりも高いのか低いのかによって変わってきます。さらに、気温との関係は時間帯によっても変わってきます。 例えば、芝生の表面温度は夏季日中、気温よりも10度程高くなるので、日中はヒートアイランドを引き起こすとも言えます。しかし夜になると放射冷却によって気温よりグッと低くなり、ヒートアイランドを緩和してくれます。
東京の中心部でもヒートアイランド対策として緑化がおこなわれていますが、これだけ高層ビルが多いとほとんど効果がない例も見られます。元々建物の日陰だったところに緑を植えても変わりませんよね。緑が増えればいい、という考え方からもう一歩進めて、本当に効果があるかどうかきちんと検証していくという姿勢が今後の都市緑化では大事だと思います。
快適さと環境負荷の観点から、屋上緑化や壁面緑化を考える
事務局:
屋上緑化や壁面緑化は、どれくらいの効果がありますか。
横張:
屋上緑化は通常、芝生や草本でおこないます。日中、アスファルト面は気温プラス30度、芝生は気温プラス10度くらいなので、「アスファルト面程にはヒートアイランドを引き起こさなくなる」という効果が期待できます。しかし注意しなくてはならないのは、屋上緑化では水やり等のメンテナンスに伴ってエネルギーが必要となります。ヒートアイランドという一つの視点だけでなく、他の要素も併せて考えていくことが重要です。
壁面緑化に関しては、太陽光を遮って冷房効率がよくなりますし、建物壁面の蓄熱も抑えてくれます。地面に植物を植えて雨水を活用しながら窓を覆っていくような緑化なら、メンテナンスによるエネルギー消費も小さいと考えられますから、優れた環境改善策だと思います。ただ、効果が出るのは日射を受けている面ですから、北側壁面では効果はあまり期待できません。屋上緑化や壁面緑化が効果があるかどうか、というのではなく、どうやったらそれらが高い効果を発揮できるのか、というアプローチが重要です。
また、都市空間のあり方や緑化を考える際には、環境負荷を減らすということと、快適な生活環境を提供するという2つのことを常に目指していく必要があります。屋上緑化自体は環境負荷の低減という点について言えば最善の解決策ではないと思います。しかし市民に貴重な緑の空間を提供することができるのであれば、それは極めて重要なことです。合わせ技で考えて、どういう空間デザイン、環境の改善策がベストなのかをその場所その場所で考えていく必要があります。
身近な環境に関心をもって、緑を取り入れるライフスタイルを
事務局:
節電しながら涼しく過ごすには、どうしたらいいのでしょうか。
村上:
自分の住んでいる環境の特性をよく知って、是非生活に取り入れてもらいたいと思います。たとえば都心部にも急傾斜で開発ができず、斜面林が残っているところがあります。そういったところでは日中、夜間ともに冷たい空気が作り出され、冷気は斜面に沿って下へ流れていきます。しかし斜面の下に住んでいる人たちは外に冷気が流れていることなど考えもせず、窓を閉めて冷房を使っています。他にも河川沿いや水田など、時間帯によって心地よい風が流れる場所はたくさんあるので、実際に外に出て自分の体で、自分が生活している環境のことを感じて欲しいと思います。そうすれば、昼間は暑いけど夜は冷房を使うほどではないなど、周りの自然環境がわかってくることで、必要以上に冷房に依存することはなくなると思います。一日の気温をテレビの天気予報で知るのではなく、自分で体感する癖をつけておけば無理のない節電に繋がるのではないでしょうか。
それから一日の気温の変化に合わせて行動を調整することも大事だと思います。江戸時代の人たちは環境に合わせて少しでも快適にすごせるように生活内容や場所を変えていました。朝早く起きて仕事をし、暑くなってきたら水浴びをして、どうしても耐えられない時間帯は寝る。夕方になると打ち水をして夕涼みをしたり、碁を打ったりします。私たちもできる範囲で、こういう生活のしかたを応用してもいいのではないのでしょうか。仕事に支障がなければ1、2時間昼寝をするとか。結構理にかなっているような気がします(笑)。
事務局:
東京の緑は民有地が多いのですが、将来的にはどのような緑の在り方が必要だとお考えですか。
村上:
最近よく言われている「新たな公」という考え方が実現するかどうかが重要だと思います。ここでは事業者の緑についてお話ししたいと思います。公開空地という制度がありますが、これは誰でも入れるように整備された空間です。「新たな公」の発想そのものですが、実際に行ってみると巧妙に外部の人が入らないように作られています。事業者側からすると、メンテナンスのことや事故が起きた場合の責任などを考えると、あまり人に入ってほしくないわけです。しかし興味深いのは、利用者である市民の皆さんも、入りにくいからといって特段文句を言う訳ではないということです。都市の緑や緑地は、まだ十分には市民の皆さんの生活に取り込まれていないのではないかと思います。市民の皆さんが自ら都市の緑を享受し、体感することが少ないので、事業者の側は、より使われるように提供しようという方向に動きません。さほど求められていなければ「新たな公」という発想が「緑」において展開することはないでしょう。
市民の皆さんが都市の緑、緑地をもっと積極的に使って、実際にそこで良好な環境を体感する、常日頃からそういった経験をするようになることがとても大事だと思います。そうすることで本当に望ましい緑、緑地を求めるようになる。そうなれば公開空地のような制度は、行政と事業者、市民の協力によって変っていくと思います。
節電にしても、新たな公にしても、市民の皆さんががもう少し緑や緑地を生活に取り入れるようにすることがまずは出発点です。緑がもっと一般の人の生活に深くかかわるようになれば、事業者や地権者の意識も変わり、「新たな公」として緑を提供することにも理解が得られるのではないでしょうか。
村上 暁信(むらかみ あきのぶ)プロフィール:

東京大学農学部卒業後、同大大学院農学生命科学研究科緑地学研究室にて博士号を取得。
東京大学大学院新領域創成科学研究科助手、ハーバード大学デザインスクール客員研究員(Fulbright Scholar)、
東京工業大学大学院総合理工学研究科講師、筑波大学大学院システム情報工学研究科講師を経て現職。

◇事務局編集後記◇
「ヒートアイランド」、随分昔から馴染みのある言葉でもあり、またこれだけ緑化がブームになっていても、それほど緩和されていないということが今回よく分かりました。皆さんは自分の家の自然環境を理解していますか。暑い日が続いていますが、それでも夜になれば涼しい風も吹いています。まずは窓を開けてみましょう。そして無理のない程度で、江戸時代の暮らし方を真似てみるのもいいかもしれません。まずは昼間の昼寝から…。夏の涼しい過ごし方や気候の変化で気になることなど、感想、ご意見などお気軽にお寄せください。