あの町 この町 みどり探訪

西東京市 高橋家の屋敷林

今回の取材は、西東京市という平坦で開発の進んだ地域にあって、希少な緑となっている屋敷林を、ボランティア団体の活動、今後の保全に向けた動き、保全の課題等の断面から掘り下げます。 都内には多くの屋敷林があります。まとまった緑が少なくなった今、個人の財産と言いつつも、地域の環境に寄与する公共財産としての価値が高まっています。(はてな?1)屋敷林が公共的な価値を高められるような、そんな論議を盛り上げたいものです。

関さんの森とは

東京都練馬区に接する西東京市の 西武池袋線保谷駅近くに、とんでもない 大きな屋敷林があります。 通称「高橋家の屋敷林」。その広さは 約1ヘクタールで、25-30mにも 及ぶケヤキのほか、ヤマザクラの大木、竹林などまさにミニ里山です。規模から言っても都内では最大級ではないでしょうか。

この屋敷林は、私有ではありますが、歴史ある緑というだけでなく、緑量や景観面から言っても、西東京市の地域財産として無視できない存在と言えます。私どももこの屋敷林の存在を知ってからは、維持管理や行く末に熱いまなざしを注いできました。幸いにも、御当主高橋敬一さんは、引き継いできた屋敷林を尊重し、今後は保全の方向でまとめたい意向を示しておられます。その姿勢は既に一部の管理をボランティア団体に開放したり、イベントを開催していることでも伺えます。

◎はてな?1 屋敷林は公共財産?◎

屋敷林はその名のごとく、お屋敷内の林ですが、その目的は邸宅の防風や日除け、目隠しのために、また木竹などの林の環境や材料を利活用するために設けられました。もちろん土地は個人所有です。それ故に今日ではその資産の膨大さから、相続が発生すると税対策のために、土地処分が行われやすくなります。すると当然に屋敷林は消えていくことになります。

東京では緑が減ってきたために屋敷林の存在が目立ってきました。屋敷林だからこそヒートアイランド対策やミニ生態系の維持、ふるさと景観への寄与、地域の子供たちの学びの場など、緑のもつ潜在的な力が期待されます。

2011年4月13日撮影、ヤマザクラの大木が
開花、お見事!

屋敷林のあらまし

屋敷林は西東京市下保谷四丁目にあります。ここ一帯は、字名を「荒屋敷」といい、地名にもあるように、江戸時代の初め頃、白子川の近くの荒れ地を開拓しようとしてできた集落で、長い間に屋敷が構えられていったものと言われています。高橋敬一さん宅だけでなく、近くには別の高橋家の屋敷もあります。(右上の写真)

主だった屋敷は交代で名主を務め、その後世襲制になってからは、高橋敬一さん宅は6軒の組頭の一つになりました。その名残で、代々この当主を「オカシラ」と呼ぶようになり、今でも地域では「おかしらさん」と呼んでいるそうです。村の草分け的な存在でした。生業は畑作のほか、幕末から明治にかけて藍の栽培、養蚕、大正期には「たくあん」をつくりました、こうした作業を行ったと見られる小屋がいくつもあります。屋敷林では堆肥づくりにも当然に活用していました。敷地は、約1ヘクタール、南側の正門(右下の写真)を入ると、リフォームしたのか、比較的新しい邸宅があります。その手前には蔵がありますが、中のものはよくわかっていないそうです。 

邸宅を取り囲むように、44種類、336本(幹周り2m以上)の樹木が茂り、特にケヤキ、ヤマザクラ、シデ類、カシノキの大木、それと竹林が目を引きます。すでに散策路がつくられ、林内には光も適当に入っています。屋敷林の一部にはかつてお茶畑もあり、自給自足に近い生活を送っていました。そのお茶畑が竹林になり、タケノコが採れます。5月は御当主の誕生月なので「タケノコ会」と称してここで採れたタケノコを料理し、皆でお祝いするそうです。高橋さんは御歳93歳!「タケノコ会」では100人ほどの仲間達が集まるそうです。

大きな緑の固まりが野鳥を呼びます。アオバズク(はてな?2)、ツグミ、カッコウ、ウグイスなど35種の観察記録があります。蛇やカエル、タヌキ(はてな?2)、こんな自然だからこそ棲息する動物も見られます。 屋敷林はこんな人里の生物環境をも支えていますが、人間にとっても意義は大きいのです。クールアイランド効果や地域の風致景観に大きな役割をはたしていることと思います。もっと屋敷林の凄さや社会的な役割を研究し、未来に残せるようにアピールしていかないと・・・・。

◎はてな?2 アオバズクとタヌキ◎

アオバズクはフクロウの仲間です。体長約30cmくらい、目は金色をしており、ホッホー、ホッホーと繰り返して鳴きます。夏鳥として全国に飛来、社寺境内や大木の多い林に住みます。屋敷林は最高!夕方から活動し、大型昆虫が好物。本物を見てみたいな~。タヌキは人との関係が深い里山の動物。23区内にも1000頭はいる、という観測もある。緑の多い練馬、杉並などは筆頭かも・・・。西東京市は練馬に接しているのでこの屋敷林に出没してもおかしくないですね。ボランティアの方を屋敷林に縁づけたタヌキです。

屋敷林ボランティア

お話を聞いたのは、「屋敷林の会」と称している高橋さん夫妻(屋敷林所有者の高橋家とは関係ありません)。以前、屋敷林の蔵にタヌキが棲み着いたことがあり、その観察のために関わり始めたのが市民とのつながりのきっかけ。ちょうど7年くらい前になるそうです。最初は南側の市道部分の手入れを行っていましたが、今は土地の一部を野草園として整備し、金曜日にはオープンガーデンとして一般に開放しています。また屋敷林そのものの維持管理活動も行っています。枢要なボランティアには、この屋敷林の自然の移ろいをブログで紹介する萩原さんがいます。この他の会として、「高橋家の歴史と屋敷林の環境を保護する会」があるそうです。いずれにしても、この土地に出入りすることについては、御当主と明文化して取り決めているわけではなく、信頼にたって口頭で交わされているということです。

色々と関わり方が異なるボランティアの方々ですが、今回は高橋俊郎・いくさん夫妻にお世話になりました。現在、屋敷林の会には20人くらい関わっており、緑の手入れには金曜日に6~7人参加します。これだけ大きな屋敷林にもかかわらず、近隣の住民の苦情が少ないどころか、逆に何も言わないのに新住民が落ち葉掃きをしていたりします。御当主の高橋敬一さんは周辺に気遣って、安くはない経費をかけ、定期的に大きな木の手入れを行っていることや、今年5月にも93歳の誕生会に地域の人が集まってにぎにぎしくお祝いされていること、などが有形・無形の交流や信頼につながっているような気がします。

この屋敷林の行く末はいかに

この屋敷林が地域随一の緑であり、これからもずっと存続して欲しいとの願いを是とするならば、どうしても保全の形を明確にし、なお市民に愛される仕組みをつくっていかねばならないでしょう。 そのためには、まず、この屋敷林の当主、高橋敬一さんの考え方が重要です。 平成22年から23年にかけて、将来会議のメンバーが直接・間接にいただいた情報を並べてみました。(個人の資産であるために、立ち入った話はできません。)

「屋敷林の維持は大変なもので、周囲をきれいにしておかないと、ゴミが捨てられたり、路上駐車が多くなる。そのため、定期的に周囲の手入れを行い、市からも補助金をもらっている。また、南側の市道は駐車禁止にしてもらった。駅前の駐輪場用地は植樹を条件に寄付した。ボランティアの人が活動しているのは、屋敷林美化にとても助かっている。屋敷林は残していきたいと考えているが、やはり最大のネックは相続税だ。今支払っている税も含め、今後軽減されるようになることをまず考えねばならない。」

こうした点について具体的な方策をご検討されていたようで、何度となく市役所に通ったそうです。結果、税対策では最も有効な都市計画「特別緑地保全地区」を指定すること(はてな?3)に決まったのです。ここに至る御当主、市役所の皆さん、英断です!西東京市は、緑被率が約26%で、ご多分にもれず減少傾向です。農地の占める割合は10.9%、樹林地は11%程度です。東大農場が中心的な緑として大きな位置を占めていますが、緑は他にもきめ細かく関心をもっていく時代になりました。農地は当市に限らず、制度の抱える根深さや後継者不足で残していくのは大変難しい状況です。先を見据えた場合、高橋家のようなまちの中の歴史と風格ある屋敷林に視線を向けるのはとても大事です。

市のみどり環境部に聞くと、今後の緑施策の財源となるよう、「みどりの基金」をつくり、高橋家のほか近隣の屋敷林に優先順位をつけて、都市計画「特別緑地保全地区」を決定し、順次条件を整えて買取をしていくとのことです。現在(今年5月時点)、指定に向けてどう区域設定をするかが課題となっているようです。 「特別緑地保全地区」は、指定されると強い開発規制がかかる一方で、地主さんは樹林地について相続税の8割評価減、固定資産税・都市計画税の最大1/2評価減と税対策が有利になります。指定によって市は、すぐ買取する必要はないのですが、ルール上は地主さんが何らかの理由(維持することに支障が生じる等)により、買取を希望する時に、申し出することになります。一般的には、相続税評価の関係から相続が間近に迫ると行政が買い取る態勢に入ることが多いようです。西東京市のように「みどりの基金」を新たに用意する姿勢は素晴らしいですが、大金を必要とする施策には市単独で対応することの難しさがあります。「特別緑地保全地区」には、国庫補助制度(最大1/3)と都の補助制度(最大1/3)がありますので、これらを組み合わせて計画的に買収していくのが効果的です。(都の案内は下記URL参照)
http://www.toshiseibi.metro.tokyo.jp/kiban/kouen_ryokuti/seido.html

◎はてな?3 特別緑地保全地区の指定◎

堅苦しい名前・・・!都市緑地法という法によって定められていて、性格的にはある土地が指定されると、この中での開発を強く規制できます(ほぼ現状凍結)。それだけでは地主さんにメリットがないから、相続税の8割評価減や固定資産税・都市計画税の最大1/2評価減の特典(林地の部分)を与えられています。都市の緑を守る制度では最も保全効果の高い仕組みと言わているが難点も。規制を守れないような場合(土地処分など)が出れば、地主さんは地方自治体に土地の買い取りを請求するようになっているため、この制度を指定する時は、買い取りに備えた資金繰りを考えておく必要があります。金額が大きくなるだけに資金調達が難しく、いい制度もなかなか指定が進まない現状があります。

高橋家の竹林

「特別緑地保全地区」はもう一つの課題があります。仮に屋敷林を市が買収することになれば、その財産は市のものとなり、高橋家所有の屋敷林ではなくなります。権原(けんばら)が変わり、公園と同じ公共施設となります。屋敷林を誰が、どういう考え方で管理していくのか、維持財源はどうするのか、一時的ではない、安定してなおかつ開かれた管理運営態勢に持っていかなくてはなりません。 市は運営の問題をボランティアの方だけでなく、市民の方々と十分に議論し、整理した上で、市だけでなく東京の名所となるくらいに特徴を出せるよう頑張って欲しいと思います。緑を残す第一歩たる都市計画の指定を決め、未来に引き継ぐことが決まった訳ですから・・・。
今後、都市計画手続きや税調整に向けた様々な段取り、今後の買収スケジュール、ボランティアや市民との話し合いなど、まだまだ実現までの道のりは長いと思われますが、家屋を含め「特別緑地保全地区」に指定する意義は大きく将来会議としても今後とも、一つの保全モデルとして注目していきたいと思います。

高橋家の母屋と蔵