あの町 この町 みどり探訪

西東京市 高橋家の屋敷林

今回から多摩川によってけずられ、生まれた崖線(がいせん)の緑に焦点をあて、ここで保全活動を行う代表的な市民団体を訪ねます。この崖線の系統は、大きく二つあり、一つは立川から世田谷区の二子玉川まで続く段差の大きい国分寺崖線で、長さ約30km、もう一つは、青梅市を起点にして、東は調布市まで続く立川崖線や府中崖線等で、段差はやや低くなるものの、 全長は約40kmにも及びます。今回のシリーズは後者をテーマに掘り下げてみます。

  ・・・掲 載 予 定・・・
第1回 羽村市内 稲荷緑地 「稲荷緑地の会」
第2回 立川市内 矢川緑地
「矢川ふれあいボランティア」
第3回 国立市内 ママ下湧水公園
「ママ下湧水公園の会」
第4回 調布市内 布田崖線緑地 「凸凹森の会」

今日では崖線という地形そのものやそこに育ってきた緑が開発によって相当の割合でなくなりました。それでもかろうじて残っている緑は、今後、地域のかけがえのない自然財産、あるいは東京の骨太の緑を形づくるものとして恒久的な保全が望まれます。また、崖線という地形は川に近いところでは、防災面からも浸水の最後の砦となるなど、都市の基盤としても重要な側面があるといいます。 あまり世間で話題にのぼりませんが、線状につながって見える大事な緑、現場ではどんなことが起こっているのか、まずは羽村市から取材しました。

屋敷林のあらまし

全体図

多摩川は、山梨県の笠取山が源流で、奥多摩湖、青梅、羽村、昭島、立川、国立、府中、調布、世田谷、太田を通って東京湾・羽田に注ぎます。その長さ138km、荒川や利根川と並んで関東では代表的な河川です。多摩川の源流には「水干」(みずひ)という標柱が立っています。(はてな?1)かつての多摩川は、現在よりも広域に流れ、流量も多く、関東山地から大量の土砂を供給して広大な武蔵野台地の基礎をつくったと言われています。その流れが大地を削り取る、万年の繰り返しが川沿いに段丘崖(崖線)をつくったのです。 崖線の名前は地域で異なるようです。青梅では立川崖線、福生では拝島崖線、立川崖線、国立では立川崖線、青柳崖線、調布は布田崖線といった具合です。(全体図参照)段差は羽村あたりが大きく、10メートル程度、下流の調布では3-4メートル以下になり、現状では開発されてその面影がないところも多いようです。では崖線に残っている肝心の緑はどのくらいあ るのでしょうか。航空写真の状況から憶測すると、延長全体の4割程度のように思えます。

  ◎ はてな?1 水干(みずひ) ◎

水干というのは、沢の行き止まりという意味だそうです。源流の一滴は標柱の上にある水神社と書かれた祠(ほこら)の岩壁からしみ出しています。

冒頭の全体図をご覧下さい。多摩川の北西に羽村市内の崖線はあります。6つほどある崖線は、川に向かって不連続に段々と階段状に落ちています。その数、三段になりましょうか、東では羽村崖線、根がらみ崖線と続き最後は「根がらみ水田」と呼ばれるこの地域唯一の田んぼへ(写真1)。多摩川の水が冷たいので、ここの米づくりは難しいと感じましたが、崖線と田んぼが連なり、目の先には羽村草花丘陵。  春にはこの水田が関東有数のチューリ ップ畑へ変身します。(写真2) 守りたい風景ですね。

今回訪ねた稲荷緑地は、羽村崖線の一部にあたります。段差約10m、崖の一部は宅地になっていました。稲荷緑地は(1)都市計画で決定したところに都の環境局が条例に基づく「緑地保全地域」として位置付けて土地を買収した部分、(2)市の条例に基づいて保存樹林に指定している部分、(3)市有地の部分、(4)民地疎林の四ブロックで構成されています。色々な制度がからんで難しいですね。(はてな?2) 

この屋敷林の行く末はいかにこのうち、都有地、保 存樹林A、市有地Aの3ヶ所を「稲荷緑地の会」が保全活動を行っています。都有地は都から市に管理を任されており、市と会の関係で活動区域になり、保存樹林Aは全くの民有地ですが、地主さんとの話し合いの結果、活動してもよい土地になっています。民有地で市民団体が活動する大変珍しい例でしょう。民地疎林は樹林が細く、危険な崖地で活動が困難 なことから除外しているそうです。

◎ はてな?2 保全のための制度あれこれ ◎

制度を少し解説・・・・やはり難しい?
(1)まちづくりの観点から都市計画の施設として指定・・・道路や公園と同じように「緑地」施設として決定・指定する。これにより土地利用区分の恒久化や建築行為が規制されます。(昭和36年、都市計画稲荷緑地、当時の都首都整備局が決定)
(2)都環境局「自然の保護と回復に関する条例」の5つの保全地域のひとつ、緑地保全地域として指定・・・指定されると保全のために厳しい規制がある。地主に負担がかかるので通常は都が土地の買い入れを行う仕組み。買った土地は、市が許可を受け管理者になっている。 ※残念ながら、(1)、(2)は保全という同じ行動でありながら連携や関係性はありません。
(3)「羽村市樹林地及び樹木の保存に関する条例」の保存樹林地の指定・・・民間の土地をそのまま保全してもらう。指定により地主には固定資産税、都市計画税の8割が減免。

屋敷林のあらまし

この緑地で活動しているのが「稲荷緑地の会」です。会長の吉澤さん、環境まちづくりの会の会員だった大崎さんに伺いました。

◆そもそもの会の母体は

平成15年に羽村市環境基本計画の施策を具体的に進めていくことを目的に、羽村市環境まちづくりの会が生まれ、分科会として自然部会ができた。平成18年2月に自然部会の会員から、市が管理している都の緑地保全地域をボランティアで管理できないか、との声が上がり、都や市との協議の結果、翌年、市、自然部会、市内企業ボランティア、近隣町内会の4者がパートナーシップで推進する母体をつくることになった。こうして平成19年5月20日、めでたく「稲荷緑地の会」が発足。

◆保全管理活動のテーマ

平成16~17年頃は、崖線は藪の状態で、防犯上も問題であり、見通しを確保することが地域では大きな関心ごとであった。一方、この地域にはまともな公園がないことから、公園にしたいと考えている人もいた。しかし、そうではなく保全を中心とする緑のありようを維持していくべきと考えている。また、手入れの状況は、定点で観測して記録をとっている。

ケンポナシ

H17ころの状況

関さんの森を通る道路の最終合意ルート

H23現在の状況

◆活動の内容

月2回、第4金土曜日に活動。H23.6現在、会員59名で4者(市、自然部会、市内企業ボランティア、近隣町内会)が含まれる。会員による自由参加方式。企業は1社、町会は緑地に隣接する人が参加しているも下草刈りや簡易な工作物(通路など)の設置・補修が中心。はじめはシュロなどの人里植物(はてな?3)や根笹の駆除を徹底して行った。保全地域なので大きな形態の変更はできないが、樹林地は同じ植生なら更新ができる、と都から言われているが、高木を更新するような作業はボランティアではできない。一方で市は、危険と判断した木のみ剪定や伐採を行っている。つまり、植生更新のような樹林地管理は大金をかけて外注しないと実質不可能ということ。

◎ はてな?3 人里植物 ◎

生態学用語です。その地本来の植生を構成するものとは異なり、人が生活する場所、つまり定住、耕作、手入れ、家畜の放牧など、常に人の手が加わることで生育に適した環境として生きる植物群。雑草や野鳥が運ぶ種子で繁殖するもの、帰化植物も含まれる。雑木林ではシュロやアオキ、笹類もはいります。

◆活動資金
緑の羽根募金にかかる都(農林振興財団)の緑化補助をもらっている(3年間)。
◆行政との関係
発展的な話があるわけではないが、うまくいっていると思っている。市の緑の基本計画は古く、こちらとしては「トトロふるさと基金」のように基金をつくって買収に備える、又は、民間の土地を指定樹林にして相続までの間はボランティアが管理するなど、アイデアはあるが、市で積極的に緑を確保しようという雰囲気はない。羽村市は環境関係の団体が隣市に比べてとても少ない。
◆民間の地主さんとの関係
市が仲介して調整してくれるので、良好である。
関さんの森を通る道路の最終合意ルート
◆課題

この緑地をどうしていくのか、まだ定まっていない。崖線という斜面の緑地の将来像(ビジョン)を確立することが必要。里山や一般の公園とは違い、活動形態がやや限定される中で、高木を間引きして、あいたところに苗を植えて世代交代をさせる(更新)、その為にドングリ銀行をつくる、などのような話は出ている。人の世代交代も課題である。女性は4、5人いるが、若い人の参加は殆どない。

◎ 取材を終えて ◎
  • ○取材は、はじめ広場でお願いしていましたが、なんと突然の雨、間髪いれず大崎さんが我が家へきたら、と・・・。
    ご厚意に甘えての取材でした。お二方とも市の自然環境を思う気持ちがあふれています。もっと市全体に盛り上がれば、と熱く語ってくれました。
  • ○緑地保全のボランティアは、行政が声をかけてできることが多いようです。活動の場が民地であると色々と地主さんとの関係がむつかしいからだと思います。ここの場合、公有地の隣に民地があって活動の場になっている、これは素晴らしいことで、将来の保全につながると感じました。
  • ○世代交代は、どこの団体も付きまとう悩みであるからこそ、閉鎖的にならず、地域に開放された組織づくりなど、研究することが多い課題でもあります。
  • ○ボランティア団体は、少なからず行政との関係が生まれます。お二方の率直のない意見を、市には貴重な提言として受け止めてもらえたらありがたいですね。今の時代は、行政が直接に維持管理することが少なくなりました。市民の緑への関心が高まり、協働で行動する、という図式を前提にしなければ、緑の保全の現場は成り立たない、そんな時代と感じます。その意味ではますます両者のコミュニケーションが求められるでしょう。
  • ○市の話によると、緑の基本計画は来年以降、改訂の作業に入るそうです。この検討では多くの市民が参加できるような環境が生まれ、未来志向の議論と一歩踏み込んだ成果が誕生することを期待します。