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第3回 国立市 ママ下湧水公園の緑と保全活動

第3回は国立市にあるママ下(はてな?1)湧水公園です。公園とは言っていますが、崖線の緑と崖下から湧き出す湧水・流れからなる自然の緑地といった方が似合っているでしょうか。名のとおり、湧水が最大の特徴になります。下図の全体図でもわかるように、前回の矢川からほど近いのですが、崖線は一段下の青柳崖線に属しています。崖の段差は4~5mで大きくはありませんが、豊かな樹林のまとまりやスカイライン(空に緑の頂が描く輪郭線とでもいいましょうか)が住宅地とはひと味違う風景を醸し出しています。なお、多摩川沿いに生まれた全体の崖線のあらましについては、第1回の取材をご覧下さい。

◎ はてな?1 ママ下とは ◎

ママとは、傾斜地、崖線の地形を指す日本の古い時代の言葉。漢字では「崖」と書くことから、「ママ下」は「崖の下」ということになります。主に関東地方で用いられ、ここは特に有名だそうです。

多摩川と崖線全般

全体図

国立市 ママ下湧水公園

ママ下湧水公園は、南武線矢川駅から歩いて10分ほどの社会福祉法人「滝乃川学園」の一帯の緑に続いており、近くには中央自動車道が見えます。 下の案内図をごらん下さい。青柳崖線は、立川市の立川公園グランドあたりから、このママ下を通り、谷(や)保(ほ)の城山(じょうやま)に続いていますが、段丘不明なところも多いようです。緑のまとまりとしては立川公園グランド付近、ママ下湧水公園、滝乃川学園、そして城山が中心となります。

崖線の全景

この崖線の全景は、崖の下の方から見ると写真1のようです。

崖線の上は昔からの農地があります。崖と崖下からわき出る湧水、下段の田んぼという具合に段々と落ちていく断面構成で、かつての風景はまことにのどかなものでした(写真2)。しかし、平成14年頃ここに道路が通り、あわせて農地は区画整理が行われたために、風景は一変しました。都道の建設では保全しようとする市民と対立が起こり、結果、湧水路はかろうじてつながることになりました。 一方、区画整理の行われた農地は、将来、相続などで宅地化が避けられない状況です。しかしながら、崖線の緑が減歩(はてな?2)によって保全され、その後の市の公園化のきっかけになりました。崖下には湧水と細いあぜ道が通っています(写真3)。そして続く下側の湿地(放置田)は、保全運動の流れで市が頑張って買い取ったものの、その先の田んぼの多くは、既に埋められて住宅地になりました。

◎ はてな?2 区画整理の減歩 ◎

区画整理は、宅地の利用促進だけでなく、道路・公園などの公共施設の整備をも目的としています。こうした土地は所有者から少しずつ出してもらわないと生まれません。つまり、元々持っていたそれぞれの土地面積を削って、公共目的などに出してもらう、これを減歩と言います。

このように、崖線は道路が切り込み、上と下からでママ下は開発の波のサンドイッチ状態にあります。最大の特徴である湧水群がかろうじて維持されているのは、恐らく上部にある農地群(写真4)のおかげでしょう。雨が大地に浸透するまとまった土地は農地くらいしかないからです。ハケを守ることは農地をセットで残すことを理解する必要があります。上の湧水(公園内の最初の湧水ポイント:写真5)からわき出る水は、東京都の名湧水57選(下記HP参照)のひとつではありますが、人間のどん欲さの前に、申し訳なさそうに流れているようでした。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/water/conservation/spring_water/tokyo/index.html

前回掲載しました矢川の下流が、実はこの滝乃川学園の中を通っていて、ママ下の湧水の流れと府中用水に合流するようになります。合流点は、地元の人は「おんだし」と呼んでいるそうです。(写真6)

湧水の流れはとてもきれいです。(府中用水と湧水の水色の差を写真7でご覧下さい。)湧水の流れには、ナガエミクリ(はてな?3)という貴重な水生植物も生息しているそうです。

  ◎ はてな?3 ナガエミクリ ◎

河川の支流、用水路や浅くて水量の多い小流などに小群落をつくり、水中で生息する植物。環境省レッドデータブック2000の準絶滅危惧種。名は果実の集まった様子が栗のイガに似ているのでミクリ(実栗)、ナガエは長い柄のこと。

注)「植物園へようこそ!」からお借りしました。

この崖線の水と緑は、国立市の都市公園条例で公園として管理しているということですが、ここには少なくなった水と緑を愛する市民団体が生まれ、活動しています。

ママ下湧水公園の会

この公園で保全活動を行っている「ママ下湧水公園の会」の代表・佐藤さんに話を伺いました。

◆会の成り立ちは?

平成14年頃、都市計画道路建設が浮上。建設の賛否はあったが、結果的に湧水への配慮をすることになり、立体化が進められた一方、並行して進んでいた区画整理では崖線を提供緑地とし、また市は崖下の田んぼを公園として買うことで、一定範囲の保全の姿が形づくられた。こうした中で、平成15年に市が水環境基本計画をつくり、様々な立場の人が参加する「水の懇談会」が生まれた(現メンバーも参加)。この地に思いを馳せる人が会の母体になった。平成18年に発足。

◆会の想いは

湧水を中心とした緑の保全が要であるが、「・・・は禁止する」のような高圧的な管理の仕方や言葉は使わない活動を心がけている。

  ◎ はてな?4 ジュズダマ ◎

水辺に生えるイネ科の熱帯 アジア原産の多年草です。ネックレスづくりなど、懐かしい思い出をもつ人がいるのでは。稲と共に食用作物として伝来しましたが、稲作を行わないと、ジュズダマが繁茂することがあります。

注)「植物園へようこそ!」からお借りしました。

◆活動の内容

基本は月1~2回、市有地のみで活動。メンバーは8人。近所の学生さんをはじめ、若い人が多く、定年に なってから活動、という方はいない。除草や清掃、湧水の観察が中心、ゴミ投棄など支障のある出来事にも監視をしている。樹林地管理などでできないことは、市にお願いし、業者に作業を行ってもらっている。 道具などは隣接する社会福祉法人くにたち苑に置かせてもらっている。周りは防犯をかねた草刈りを実施。(じゅず玉(はてな?4)が繁茂している)

◆活動資金

市の公園協力会に入っていることで、市から年に 3万円貰っている。刈り払い機などの道具は市が貸 してくれる。

◆行政との関係

お願いした事など、ちゃんと対応してくれているので、信頼はある。

◆他団体との交流

特にない。交流の仕組みをつくってくれたら有り難い。

◆課題は

会員の拡大と資金の確保。農家の人とのつきあい。崖下の市有地を今後どうするか。

◎ 取材を終えて ◎
  • ○佐藤さんは元市議会議員だったそうで、とても詳しく、丁重に対応してくださいました。保全活動の対象はわずか延長5、600mくらいですので、規模としては小さいものの、湧水という濃い自然の営みがこの地の知名度をあげ、人の心に訴えます。本当は水だけでなく、一帯のなつかしい風景が総合的に保全されるべき、との言葉は印象に残りました。
  • ○会の印象は、とてもこじんまりして、生き物が好きな人の集まりのような感じです。事務局はなく、勤労者の集まりで、かつ若い。他ではよくいる定年退職者のおじさんがいない。お節介ですが、生き物が好きな人が多くなるのは仕方がないとしても、自然を学び、活かし、ふれあう場として一般の市民、地域の方に開放された仕掛けが必要ではないか、そんな気がします。崖下にはイベント広場をつくったらいかがでしょうか。
  • ○このママ下湧水でもまた、行政(市)と市民活動の深いつながりが見られ、市も市民との協働なくしては先に進まないということでした。しかし、市民団体は、市の下請けにはならない、言いなりにはならないとする考えをよく聞きます。高い視点から、関心と身をもって接する、これに尽きるでしょうか。
  • ○崖線は全体70kmにも及ぶ水と緑。残された自然を守っていくためには、小さな団体が孤立しているのではなく、手を携えることが重要です。そのための仕組みづくりの必要性を改めて考えさせられました。